「大峠」
聞いたことありますか?
スピリチュアルがお好きな方の中には
聞き飽きたと感じる人もいらっしゃるかもしれませんが、
今まで、近いとか、間もなくとか言われてた割には
私個人としては、
「うーん、ホントに来るの?」っていうぐらいのペースだったのですが、
なんだか、エネルギーの流れとか疎いし、
見えない世界に興味はあれど、見たり聞いたりできない私でも
なんか天候にしろ、事件事故にしろ世の中荒れすぎてないですか?
というのはわかる。
なので、ホントにそろそろなんだろうなー。
と、私程度でも予言というのは恐れ多いですが、予想はできる。
というところまで来ています。
で、
急に私の話で恐縮なのですが、
私は「目に見えないものが見えたり聞こえたり、感じたり」すること
に非常に憧れがありました。
スピリチュアルな情報に熱心だったのも
そういった情報に触れ、エネルギーワークとかヒーリングとか身に着ければ
「目に見えない世界が、自分のコントロールできるものになり、現世利益的なコトにも利用できるのではないか」
そう思っていたからです。
同じようにお考えの方は、少しご注意下さい(笑)
そんな期間がどのくらい続いたか…
正確には計算できませんが、十年近くなるのではないでしょうか?
でも、今でも「目に見えない世界に直接触れたりできません。」
正直、最近まで
「どうしてこんなに求めているのに、そういった能力が目覚めないのだろう」
と憤りを覚えることもありました。
しかし今、私は
「諦めずにスピリチュアルの勉強をしてて良かった」
と心から思えています。
なぜなら、
「いくら高尚な精神的な学びを見たり聞いたり感じたりできても」
「人間で生まれた以上、肉体でしか表現できない」
ということがわかったからです。
そう「行動」しないと
例えば、どんな素晴らしいインスピレーションを得ようと
「現実として見える形にはならない」
ということを、身をもって体験できたんですね💡
逆、いわゆる
見たり聞いたり感じたり、初めからできてたら
このこと(肉体をもって、トライアンドエラーで現実化していく)
という気づきや学びが、体感しにくかった。
そういうことかー。と腑に落ちた。
だから、
「良かったー。気づけて」
「良かったー。スピリチュアル学んでて」
という感想の方が強いわけですね。
そう、話がズレにズレましたが(笑)
なにが言いたいか。
ここでスピリチュアルの基本に立ち返ると
「大事な事。気づくべき事に気づくために、試練は起こる」
という事。
「大峠」が起こるというのは、地球人全体にとっての
「大事な事。気づくべき事に気づかせる為の試練」
そう考えれば、ただただ、怖いものでもない。
そして、「生き残ればOK」
というものでもないと思いませんか?
「生き残ったけど、大事な事。気づくべき事ってなんだっけ?」
これは魂からすると悲惨な結果じゃないでしょうか(笑)
下手したら個人的に「大峠」レベルの試練
「もう一丁お願いしまーっす!」
ということにもなりかねません。
どうでしょうか?
もう一つ具体例をいうと、
・人間って、順風満帆な時「考え方や物事への取り組み方、生き方」について見直したりしますか?
・「考え方や物事への取り組み方、生き方」について見直す時って、人生に生き詰まった時じゃないですか?
そう
「大峠」が来ること自体が問題ではない
「どういう”あり方”で迎えるかが大切」
なんじゃないか。そう思っています。
ということで、今日は以上です。
なにか受け取ることがあったら、是非また当ブログに遊びに来てください!
また、聞いたことないワードに触れたら
どんどん「ご自分で調べて」みて下さい。
あなたのような常識破りな人を爆増したいと思っています!
という話

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