「自己改革」
人生の一大テーマですが、
実はいつでも起こせます。
起こすのは簡単なんです。でもあとの面倒は誰も見てくれない。
ていうか神様とか高次元存在は、結果あんまり興味ない。
その話をします。
なんのこっちゃ。
そう思われるのも無理はありません。
なんといっても、あちら(死んだ後の世界)とこちら(今生きている地球)では、
ルールが違いすぎます。
日本とアフリカとか、そんなレベルではない(笑)
最後まで、お付き合いいただければ、わかるかも知れません。
先ほどのルールの違いですが、
肉体は乗り物で、魂が本体なので、
まず、例えると、
車に乗ったままの人と乗ってない人とおなじ条件で、生活したらどうなるでしょう?
みたいなギャップが生じます。
例えば、ですが、
「車に乗ったままのAさん」
「車に乗ってないBさん」
AさんとBさんが待ち合わせしてるとします。
Bさんが先に着いて待っていると…
「ドーーン」
Aさん車に乗ったまま到着
待ち合わせ場所はがれきの山です。
B「は⁉何してんの?Aさん」
A「は⁉待ち合わせにきただけなんだけど」
みたいな(笑)
そのくらい違います💡
なにが言いたいかというと、
魂は
「肉体の事情あまり考慮しない」
これは、スピマニアで、いろんな本やお話を、好んで読んだり聞いたりしてきた
私からすると
かなり真実性濃厚な話だと思います。
私を信用できるかが一番のギャンブルですが(笑)
冗談はさておき、
魂はチャレンジしたいし、身体も心も満たされる道を知って誘導している
んだけど…
思考は、身体の危機を守りに入るんですよね。
具体例は、いろんなところで挙がっているので、今更とは思いますが、
「お店出したい(願望)けど、お金使って借金抱えたら、衣食住に困るかもしれない(身体の危機)」
典型的ですよね。
「youtuberになりたい(願望)けど、アンチが増えて心が病んで、衣食住に困るかもしれない(身体の危機)」
最近はこんなのも
「転職したい(願望)けど、仕事が見つからなくて、衣食住に困るかもしれない(身体の危機)」
これも多いですよね。
では、どうしたらいいのか?
すごく厳しい言い方になるかもしれませんが、
失敗しようが、成功しようが、
「チャレンジ。自己改革するしかありません」
失敗しようが、成功しようがです。
リスクが全くないことは
「チャレンジや自己改革にはあたりません」
そんなこと言われて、失敗するかもしれないのに。
と思われた方。
ご安心下さい。そういう時
小さいですが、光になる話をします。
「魂は、チャレンジし自己改革し、その中で新たな自分を見つけていく」
それが望みです。願望です。それが魂磨きでもあるから、
そんな絶賛、魂磨き中の魂が、
「このくらいで大丈夫なんで、そろそろあの世に帰るか」
とはなりません。
要するに失敗して、衣食住に困ろうが
「死ぬことはない」
これは私絶対の自信があります。
魂視点で考えてみて下さい。そりゃそうでしょう。
パチンコで大当たりしたのに、
「なんか満足したので帰ります。玉はご自由にどうぞ」
って言ってるのと同じです。パチンコしたことない方はごめんなさい(笑)
こっから、この世に生まれた目的でもある
魂磨きが
フィーバー中なのに、帰らんでしょ(笑)
そう考えると、
「現状に不服なのは生きてれば少なからずある」
では、
「リスクはあるけど、チャレンジしてみよう」
でも
「うまくいかなかった」
そういった時に、絶望はしない
・何がうまくいかなかったか、考えて再チャレンジだ
・たぶんあそこが良くなかった、今度はチャレンジする前にここを改めよう
といった別の選択肢が生まれます。だって死ぬことはないのだから。
大きなチャレンジ、自己改革はそれだけ
大きな魂磨きになるかもしれません。
でも、
大きなチャレンジ、自己改革を常に目指せとは
「言っていません」
ここは、勘違いしがちなポイントだと思います。
上の例で言うところの
「店を出したい」なら「絶対は私しか思いつかないと思うレシピや商品」を考えるのも小さなチャレンジです。
「youtuberになりたい」なら「ネットで顧客分析の勉強は始める」のも小さなチャレンジです。
「転職したい」なら「なりたい仕事のスキルや資格を身につける」のも小さなチャレンジです。
でも、細かい話にはなりますが、小さなチャレンジで満足してしまうのも、
魂的には減点対象なのかもしれません。
トライし続ける人が神様や高次元存在は好きという話です。
エラー(失敗)があっても、自分で考え修正して、またトライする人
「トライアンドエラーの人が大好きです。」
ここまで読んで。
なんか新しいコト始めてみようかなー
と思った方。
神様とか、高次元存在にとって”目立つ”存在になってるかもですよ💡
という話。

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