「すべてを疑え」という言葉で、覚醒は進むかもしれない話

「自分の考えだと思っているものが、実は誰かの影響だった」

そんなふうに感じたことはありませんか?

タイトルの言葉

「すべてを疑え」

は私が大事にしている言葉です。

初めて耳にしたのは、2、3年前だったと思います。

作家のはせくらみゆきさんが、naokimanさんとの対談の中で話されていた言葉でした。

詳しい表現は異なるかもしれませんが、

「最初に”見えない存在”から伝えられたメッセージの一つ」という内容だったと記憶しています。

そのときは深く考えていなかったのですが、

なぜかこの言葉だけが、ずっと頭に残ってました。

「すべてを疑え」と聞くと、少し極端に感じるかもしれません。

ですが私なりに捉えたのは、

”今、自分が当たり前だと思っていることを、一度フラットに見てみる”

ということでした。

例えば、

・自分の価値観
・大事にしている考え方
・「これが普通」と思っている基準

それらは、本当にあなたそのもの(魂)から生まれたものですか?

もしかすると、

・家族の影響
・友人関係
・社会の空気

そういったものの中で、自然と身についたものかもしれません。

だからこそ一度だけでも、

「本当にそうだろうか?」

と問い直してみる。

それだけで、見え方が少し変わることがあります。

突然の質問になりますが、

「あなたはご両親のこと好きですか?」

もちろん「YES」

という方もいますし、

いやいやあんな親とんでもない「NO」

という方もいらっしゃるかもしれまん。

では、もうひとつ質問させてください。

「なぜ、そう思うのですか?」

A「YES」の人なら例えば

お金持ちで、やさしくて、怒られたこともあまりない。

そんな親嫌いになる理由がない。羨ましい限りですが、そんな方もいるでしょう。

B「NO」の人なら例えば

私ははっきりいって構われたこともない。ずっと両親には手を焼いてきた。

親らしいことなんか一つもされたことない。

こんな具合でしょうか?

なんかドラマのいち場面に出てきそうなシーンばかりよぎりますよね(笑)

これらの挙げた例は、私の考え方で言うと

「出来事に引っ張られてる状態」です。

前提である「常識」が違えば、出来事の捉え方は変わります。

これは、たくさんのスピリチュアルリーダーさんが表現を変え、媒体を変え教えてくれています。

ある方にとっては、「考え方のものさし」であったり、

ある方にとっては、「思想」であったり、「固定観念」であったり、

呼び方は様々です。

私は「常識わい」なので「常識」といってるだけです。

これが、実は理解できている人はあまりいません。

私が中途半端だから、私の周りに中途半端な人しかいないだけかもですが(笑)

冗談はさておき、理解できたら気づきとか覚醒とかが段違いに進むと

思うので、是非覚えて下さい。

前提である「常識」

先の例でいうところの常識はズバリ

「親は敬うべき存在」

です。

この前提条件を採用した状態で、

上のような「出来事」が起こったときに、

「好き」「嫌い」

という”結果”が得られます。

実際には、「好きとか嫌いとかはっきり決めきれない」というのが多いと思いますが、

話がややこしくるので、省きました。

「どちらとも決めきれない」というのは、要は「好きと感じる時もあれば、嫌いと感じる時もある」

ということだと思いますので…

どうでしょうか?難しいですか。

何回でも読んで下さいね。できれば、クリック回数を稼ぐ為何度か開き直して下さい(笑)

冗談です(笑)

では、この「常識」前提条件が変わったとき

「出来事」と「結果」がどう変わるか。想像してみて下さい。

新たな「常識」それは

「両親も同じ魂の仲間で、魂を磨きにきている」

A「出来事」としての

「お金持ち・社会的立場が良い・やさしい・怒られたことない」

は、

せっかく魂を磨きに来ているのに、イベントがなにもない状態ですよね。

じゃあ、結果はあなたが選んでみて下さい。

そんな両親に甘え続けるのが幸せかどうか?

B「出来事」としての

「構ってくれない。厳しい。迷惑を被っている」

は、

魂を磨くという前提に立てば、この上もありません。魂を揺さぶる試練てんこ盛りなので、

では、「結果」はどうでしょう。

「ありがたいことかも」

そうすぐに感じるのは難しいでしょう。だって前提条件「常識」

簡単に変えられるものじゃないから。

でも、

前提条件「常識」が変わればこれほど、真逆のような結果になる

そこに気づいてほしいのです💡

そして、この「私って今どの常識で物事を捉えているのかな」を常に意識するために

有効なのが、この

「すべてを疑え」

これを一日一回思い出す。

人生のキャッチフレーズみたく(笑)

実際に私は、この言葉をきっかけに、物事を以前よりフラットに捉えられるようになったと感じています。

そして、私はこの「常識」に隙間を入れるのが

スピリチュアルの有名なワード

「手放し」の肝になる部分だと思っています。

なので、大切なのは、

なんでもかんでも疑って、考えを改めよという話ではなく、

「自分で選び直すためのきっかけとして使うこと」

なのだと思います。

もし今、

「なんとなくしっくりきていない考え方」があるなら、

一度だけでもいいので、それを疑ってみる。

そして、改めて選び直してみる。

それだけで、少しだけ生きやすくなるかもしれません

という話。

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